イスタンブールからトラブゾンに着いたのは、4月8日の、朝6時前だったので、そのままアイデルを目指す事にした。黒海沿岸の、北側は海、南側は急な斜面のある山が迫っている平らな道をひたすら東へと向かう。黒海は穏やかで、瀬戸内海のように滑らかな表情をしていた。
トルコ最大の紅茶の産地「リゼ」辺りにさしかかると、道の南側の斜面は、茶畑の景色がひろがるようになっていた。昔インドのコルカタに滞在していた時、列車で6時間くらいの距離の紅茶の産地として有名な「ダージリン」に結局行かなかったことを思い出して、ふとダージリンもこんな景色なんだろうかと考えつつ、ガラスの向こうを過ぎ去る風景を眺めていた。リゼを通り過ぎ、「パザール」でドルムシュを降りた。
ドルムシュを降りて、その辺の人に「アイデルに行きますか?」と英語で尋ねると、「んんん、アイデルか?」と聞き直して、アイデルへ行くドルムシュを教えてくれた。トルコは、みんな親切で、どのバスに乗ったらいいか教えてくれる上、何処まで行くかという事を 運転手もたいてい気にかけてくれているから、移動に関しては、トルコ語が全く話せないのに係らず、苦労しなかった。ある程度人数が集まってから発車するらしいので、パン屋で焼きたてのバケットを買って、チャイ屋でちぎって食べていたら、お店の主人が、一緒に食べるといいよとゴーダチーズを一切くれた。
パザールからは、今までと90度方向をかえて、川に沿った山道を登って行く。途中の景色は、春の柔らかそうな瑞々しい新緑の景色で、川を流れる水の音が心地よかった。うっとりしていると、川を渡る橋の手前で、突然、ドルムシュを降ろされた。運転手が、その辺の店の人に「この子はアイデルに行くそうなので、車が来たら止めてやってくれ。」と言っているらしかった。そこで1時間程待って、やっと来たワゴンに乗せてもらい、ワゴンは、橋を渡り、更に山間部へと登っていった。途中、また降ろされ、よくわからないけれど、他のワゴンに乗り換えて、また車は、山道を登って行く。岩が道路に崩れていたり、雪が残っていたり、景色の季節は、春から冬へと逆行していて、アイデルについたら、雪が1m位積もっていて、真冬の景色になっていた。そして、オフシーズンのため、営業しているホテルは数件だけだった。レストランも一件だけしか営業していなくて、メニューも3品だけだった。。
そんなアイデルに何があるのかというと、温泉があるのだ。そして、なぜかこの温泉が気になっていたのだ。早速、宿を決めて、初ハマム(公衆浴場)に向かった。宿は、木造ロッジのヒーター付き+朝食付きで30リラだった。入浴5リラのハマムは、清潔そうで、日本の温泉と似た空気を漂わせていた。まず、シャワールームで身体を洗ってから、水着(下着で代用可)を着用して、洗面器が付いた大理石の台に座って、アルミの皿状の浅い洗面器で温水をかけたりする。130cm位の深さの温泉水プールもあり、おばちゃんたちに混じって異国情緒溢れる空間に充満する湯煙を眺めたりして、のんびりできた。かなり気持ちよかったので、翌朝も入ってから、ヒッチハイク(それしか移動手段がなかった)して、来た道を引き返した。
イスタンブールからバスで約17時間の黒海に面した町トラブゾンは、坂が多くて、車が普及する前は、きっと「魔女の宅急便」の街みたいだったんだろうなと思ってしまうような街並をしていた。トラブゾンを散策したのは、午後4時くらいに、アイデルから着いて、ドゥーバヤジットの西の街「アール」行きの夜行バスを待つ間の数時間だった。
トラブゾンというと近郊にある「スメラ修道院」が有名な観光名所なのだけれど、トルコに来る前にネットで見た「アヤソフィア」のフレスコ画の方がユニークだったのもあり、自力で行きにくそうな「スメラ修道院」より、アヤソフィアに行きたかったのだ。
長距離バス乗り場から、ドルムシュで「メイダン」と呼ばれている街の中心部に行き、「アヤソフイア」行きのドルムシュに乗り換えて、西に2km程行った辺りに「アヤソフィア」は、あった。
アヤソフィアは、5世紀に建立され、13世紀に大改修されたトラブゾンで最古の教会。中央にドーム、左右に瓦屋根のあるビザンチン・キリスト教寺院様式で、こじんまりとした小さな建物には、鳩が住んでいるらしく、
鳩の羽ばたく音が やけに響いていた。
15世紀にオスマントルコの支配下に入り、モスクに造りかえられ、そのときのフレスコ画の上に漆喰が塗られたので、漆喰に守られてフレスコ画が残ったそうだ。でも、顔部分が崩れた絵が多かったのは、意図的にイスラム教徒が顔の部分を破壊したのかもしれない。紺色の色がビザンチン美術の特色だそうだ。虹色の天から伸びている帯のようなものや、聖獣の絵は、なんとなくチベットの宗教画にも通じるものがあるような気がした。
アヤソフィアを見た後、時間があったので、建物の傍のティー・ガーデンで休憩しようと、敷地に入って行ったら、お茶をしていた老夫婦が手招きしてくれたので、お茶をごちそうになった。しかし、私は、トルコ語が全く解らないので、「地球の歩き方」の巻末に載っているトルコ語会話集の文字を指差して、会話するしかなく、通じているのか通じていないのか、よくわからない微妙な時間を過ごさせてしまった。
その後、歩いて中心部まで戻ったけれど、1時間位かかってしまった。途中、中学校やサッカースタジアムがあり、谷に架かった灰色のレンガ作りの橋を渡り、それなりに道を歩いている人も多くて、小さいながら、やはり黒海東部最大の街なんだなぁと思った。黒髪の白人を良く見かけた気がする。
メイダンのドルムシュ乗り場がある公園に戻ったのは、8時位で、公園傍のロカンタで「パラムート・ギュヴェチ」というサバみたいな魚を出汁で少し煮込んだような料理と、ライスの代わりに挽き割り小麦の「ブルグル・ピラウ」を食べて、長距離バス乗り場に移動した。4月といっても、まだ冬のような気温だったので、煮込みでほっとしてしまった。
長距離バス乗り場では、名物なのか、皮のついたヘーゼルナッツが沢山売っていて、食べてみたくなったので、外の硬い皮を剥いであるだけの渋皮がついたのを少し買って食べてみた。